島原火山学習の感想

 掲載が遅くなりましたが、3月19日(金)に行った火山学習の感想文です。
 
 池田 祐輝 (中学1年2組)
 この火山体験学習で、「すごい」と思った所が2つあります。1つ目は、雲仙岳災害記念館です。火砕流が約600℃の温度、時速100㎞の速さで下ってくると聞いて、とても驚きました。それをシアターで見たとき、とてもリアルに再現されていて、すごかったです。その後、展望台で平成新山を見ましたが、山肌には大きな岩や石が転がっていて、「本当に火砕流があった」ことを改めて知ることができました。
 2つ目は、野外地質観察学習です。地質を見て先生の話を聞いていると、元の黒土が今の地面の80㎝ぐらい下にあると分かり、とても驚きました。その時、改めて自然の恐ろしさを知りました。
 この体験学習で、長崎県で僕が生まれる前、火山が噴火して、多くの人が亡くなったことを知りました。これから僕たちはこの亡くなった人たちのことを心にとめて、生活していかなければならないと思いました。
 
 大山 裕貴 (中学1年2組)
 この火山学習を通して思ったことは、色々あります。雲仙岳災害記念館でシアターを2つ見ました。1つは「平成大噴火シアター」ともう一つは「島原大変劇場」です。「島原大変劇場」は、ねずみが動き回ったり人形が動くのがとても面白かったです。他には、焼き尽くされた風景が心に残りました。焼けたカメラが3つも展示されていてひどい物はカメラかもわかりません。車や道路の看板、電柱もありました。どれもこれも恐ろしい形で残っていました。また「土石流被災公園」には土石流で埋まった家が12軒ありました。どれもガラス窓が割れていたり、ひどい物ばかりでした。土石流がこのような被害をもたらすことを知りませんでした。大野木場小学校では小学校の内部がそのまま残されていて、中は教室とは思えないような状態で、火災理路雄がおそってきたとき、人がいたらどうなっていたか考えただけでも恐ろしくなりました。最後に「ネイチャーセンター」に行きました。ここでは、地層の勉強をさせていただきました。地層には色々な物があり、理科②の教科書で見た物とそっくりでした。本物を見られてとても面白かったです。
 今日の学習を通して、自然の恐ろしさや面白さを学びました。また、機会があったら行ってみたいと感じました。
 
 有川 哲史 (中学1年2組)
 3月19日(金)、島原に行きました。まず「雲仙岳災害記念館」に行きました。そこでは火砕流の流れるスピードを目で見ることができました。火砕流のスピードは約時速100㎞ものスピードがあるそうです。島原の地図などが詳しく分かりました。展望台にも行って上から見る景色はとてもきれいで、風がとても強かったです。昼食はクラスの皆と芝生の上にすわって食べました。とても気持ちよかったです。昼食後は島原のボランティアガイドさんが2人来てくださいました。1年生、2年生にそれぞれ1人ずつついてくださいました。次に「災害記念館」から10分の所にある「土石流被災保存公園」に行きました。そこには、家が埋もれていました。「大野木場小学校」はガラスがほぼ全部割れていました。「平成新山ネイチャーセンター」に行って、2メートルほどの地層を見ることができました。
 定点と呼ばれる付近で報道陣、消防団、警官、タクシー運転手合わせて43人が死亡したそうです。そのうち3人はまだ見つかっていないそうです。早く見つけてもらいたいです。
 
 大島 祥 (中学1年2組)
 僕は雲仙普賢岳火山の学習を通して、自然の恐ろしさと、その自然に対しての考え方を改めて深く考えさせられました。
 出発のとき、僕は火山のことにほとんど興味無かった。「雲仙岳災害記念館」の中に入ってみると、まず驚いたのは原爆投下の後のような、ぼろぼろとなぎ倒された木々や体の所々がこげた人の写っている写真など、今まで知らなかった事実がたくさんあった。
 この学習から、自然は恐ろしいと一番強く思いました。日々の僕らの生活はこうした事とはかけ離れたものだけれど、そうした自然の持つ恐ろしさに目を向けておかなければいけないと思いました。そして、決して自然を恨んではいけないと思います。
 
 松尾 泰蔵 (中学1年2組)
 昨日、雲仙に行きました。当時どれだけひどい災害にあったのか、どれだけ苦しかったか、よく分かりました。小学校のときも行ったけれど、その時よりもいろんな事があらためて分かりました。時速100㎞ものスピードで押し寄せてくる火砕流や土石流。土石流で埋もれた家。大野木場小学校が当時のままの状態で残してあるのを見て、すごい熱風で怖かっただろうなと思うし、あれだけ火山活動でやられた島原だったけれど、今は立派になったと思います。「ネイチャーセンター」では、いつ噴火するかねまだ分からないと言われて、これからも注意しなければならないと思いました。 
 斗石 凜太郎 (中学2年1組)
 「雲仙岳災害記念館」では、町の復興ぶりと火砕流の速さに驚きました。当時の被災の様子が詳しく分かって良かったです。江戸時代に、噴火、山崩れ、地震、津波の被害を受けたことを初めて知りました。昔も今も日本は自然災害が多いんだなぁと実感しました。
 次に「土石流被災保存個公園」に行きました。そこでは民家の屋根まで火山灰で埋もれていて、こんなに火山灰が降るんだなぁと驚きました。「大野木場砂防みらい館」では、原爆の後のような小学校がありました。火砕流のすさまじさがよく分かりました。噴火前と噴火後の航空写真を見比べて理解が深まりました。
 「平成新山ネイチャーセンター」では火砕流で焼け野原だった所に立っていました。そこは今ではみんなの努力で緑が戻りつつありました。「ネイチャーセンター」のそばの公園の地層を見せていただきました。何層も重なっていて火砕流の数の多さが分かりました。粒が小さいものと砂のようなものなど、いろんな種類がありました。その辺りに落ちていた石に赤い石と灰色の石がありました。質問してみると、赤い石は空気に触れて酸化したものだと教えてもらいました。灰色の石は空気に触れず流れてきたものだと言われました。そんなことを知ることができて良かったです。
 
 黒田 憲佑 (中学2年1組)
 最初に「がまだすドーム」に行って、7~8分のシアターを見てとてもリアルに体験できました。そしてテレビカメラなどが火砕流で溶けている物をいろいろ見ました。「島原大変劇場」も見て、昔も大きな噴火や地震があって、とても大変な思いをしたんだなと感じました。次に「被災保存公園」に行って、埋もれている家を見ました。大きな噴火でたくさんの火山噴出物が流れてきたことがよく分かりました。旧大野木場小学校では、ガラスが無くなっていたり、いたる所にひびが入っていたりしていました。鉄棒もむ熱風によって溶けていました。ロボットが色々な仕事をしていることも初めて知りました。
 最後に「ネイチャーセンター」に行きました。そこは平成新山が目の前にあり、手に届きそうな所にあります。そこでは、地層を観察して時代の積み重ねを感じました。山はまだ水蒸気を上げていて生きているんだなぁと思いました。
 これからは、このような災害が私達の県内で起こっていることを心に留めて、生活していきたいと思います。そして、いろいろ教えてくださった人に感謝したいと思います。
 
 高比良 輝紀 (中学2年1組)
 雲仙岳は島原市にあります。私は小さい頃、一度だけ行ったことがあるけど、忘れているので楽しみでした。
最初に行ったのは「がまだすドーム」です。火山の恐ろしさを図や劇などで、分かりやすく学べました。「がまだすドーム」で私が一番興味を持ったのは溶岩ドームです。ボコボコと大きくなっていく溶岩ドームはとても凄かったです。
 「土石流被災保存公園」に行った後、私達が行ったのは「大野木場小学校」です。火砕サージによって窓ガラスが吹き飛んだ学校は、コンクリートの校舎と窓枠などが残っていました。
 最後に「平成新山ネイチャーセンター」へ行きました。ここは、火山の様子を観察するカメラや火砕流が来たときのためにシェルターが幾つもありました。
 この学習を通して思ったことは、火砕流はとても恐ろしい物だということ、そして雲仙岳が活動を続ける限り、この惨事はこれからも起こりうると言うことです。
 
 本多 琢人(中学2年1組)
 僕は雲仙岳火山学習でいろんな事を学びました。「雲仙岳災害記念館」では、映像を見たり、自由に館内を回ったりしました。800度の温度で物を燃やす実験が映像で見れました。テニスボールやけん玉、時計などがあって、どれも溶けたりしていて、800度はとても凄いものだなぁと思いました。
 「土石流被災保存公園 」では、土石流に埋もれた家を見ました。どれもそのままの形で残っていたので、土石流の激しさが分かりました。次に火砕流で被災した大野木場小学校を見学しました。小学校を見たら窓が全部割れていて、中の方も物が燃えたあとなどが残っていました。だけど、裏の方の窓だけが割れていなかったのが不思議だなぁと思いました。
これらの体験で噴火がどういう物だったのかが分かりました。
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