中学2年生、沖縄の修学旅行から帰崎

 12月11日(金)夜10時半、中学2年生36名は2泊3日の沖縄への修学旅行から全員無事に学校へ帰ってきました。一人のけが人も病人も無く、インフルエンザの心配もなく、元気に帰ってきました。
 12月9日(水)、早朝6時半に学校を出発し、沖縄の那覇空港には10時30分に到着。ほぼ1時間半のフライトでした。沖縄に到着すると、気温は何と25℃!! まだ夏日です。長崎との気温差およそ10℃! 半袖で通用します。宿舎はクーラーが稼働中です。
 1日目は、南部戦跡を巡りました。『ひめゆり資料館』『とどろき壕』『対馬丸記念館』、ひめゆりの塔は修学旅行生などで一杯で身動きが取れない程、混雑していました。『とどろき壕』では、軍手を付けた手に懐中電灯を持って実際に入壕しました。入り口は人がやっと一人は入れるほどの広さしかありません。足場も悪く、湿気で滑りやすい岩がごろごろしている急な坂を下ります。前後の人の懐中電灯の灯りが 頼りです。観光化されていない場所で当時の様子がうかがえるところでした。地元の語り部の方に案内していただいて、お話を壕の中でお聞きしました。全員懐中電灯を消して、まっ暗ヤミを体験しました。戦争中にこの壕の中で過ごした人々のことを思い黙祷を捧げました。800人もの人が横になることもできず、敵の兵士に動きを知られないように物音を立てずにじっとしている姿を思います。赤子を抱いたお母さんもいたそうです。戦争の愚かさと厳しさ、悲しさを感じることができました。『対馬丸記念館』では76歳になられる生存者の方のお話を聞くことができました。バスガイドさんも生存者の話を聞くのは初めてだと言っていました。こちらの時間の関係で、講話が30分と短かったのが残念でした。
 1日目の夕方から 次の日の昼まで読谷村での『民泊体験学習』です。帰ってきた生徒たちは口々に『よくしてもらった。良かった』と言っていました。読谷村の8軒の方に良くしていただいたようです。夕方から民泊させていただいている全部のご家庭を回りました。それぞれにどのご家庭も工夫してもてなしていただいていました。『三線』という沖縄の三味線を習ったり、海から拾ってきた貝殻で貝殻細工に挑戦したり、夕日を見に海に行ったりと様々でした。次の日はイモの苗を植える農業体験やサトウキビ畑でキビを食べさせていただいたり、読谷村資料館を見学したりとそれぞれの民家でもてなしを受けたようです。
 私は沖縄には何度か来ているのですが、読谷村まで足を運んだのは初めてです。以前から、この村には是非行ってみたいと思っていました。実は比嘉兼作君という37歳になる卒業生がこの地にいます。実家は大きな泡盛の酒造メーカーです。沖縄県の泡盛製造ではトップメーカーのようです。民泊の「入村式」から「離村式」まで兼作君とお母さんが付き合ってくれました。兼作君は社長になったばかりとのことでしたが、せっかくなので、工場を見学させていただきました。私にとっても意義深い『読谷村体験』でした。
 2日目は民泊のあと、『万座毛』と『美ら海水族館』を見学しました。
  3日目は、大きな鍾乳洞やハブなどの蛇園を持つ『おきなわワールド』と『首里城』見学のあと、『国際通り自主研修』をしました。3日目にしてやっと、お土産を買う時間が取れました。3時間ほどの買い物と食事の時間はあっと言う間に過ぎてしまいました。
 この3日間、素晴らしい天気に恵まれ、沖縄の美しい海(あまりの暖かさに民泊中に海で泳いだグループもあったようです)と、読谷村の人たちの優しさに触れることができた素晴らしい修学旅行でした。生徒たちはきっとまた沖縄へ行ってみたいと思ったことでしょう。帰ってからのお土産話はいかがだったでしょうか。
 
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