中学1年生の斧澤君が「長崎県スポーツ奨励顕彰」を受賞
2012年2月16日 コメントする
中学1年生サッカー部の斧澤隼輝君が本年度の県スポーツ教育長顕彰に選ばれ、長崎市のホテルニュー長崎で行われた表彰式に参加してきました。
本人は、「これからも、また、このような表彰式に参加できるように日頃の練習をしっかりと頑張りたいと思います。」と抱負を述べています。
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2012年2月16日 コメントする
中学1年生サッカー部の斧澤隼輝君が本年度の県スポーツ教育長顕彰に選ばれ、長崎市のホテルニュー長崎で行われた表彰式に参加してきました。
本人は、「これからも、また、このような表彰式に参加できるように日頃の練習をしっかりと頑張りたいと思います。」と抱負を述べています。
2011年12月22日 コメントする
皆様方のお陰で3年連続5回目の市新人大会優勝を飾ることができました。県大会が2月に長崎市で開催されますので、こちらの方は2連覇を目指して、また頑張って行きたいと思っています。九州大会が今年度は沖縄で開催されますので、全員で沖縄へ行けたらと考えています。
毎年毎年の選手達が精一杯の努力をして、今の長崎南山中サッカー部があります。私達は、先輩方の努力や、学校、保護者の方々などなど本当に色々な方のサポートがあって現在があることを決して忘れてはいけません。本当に自分たちの力だけではありません。県新人大会に進むことができなかった当初の弱かった時代は、この寒い冬の時期にただひたすら本番の中総体での1勝を目標に練習を重ねていたものでした。部員も少なく、怪我や病人がいると3~4人で目に涙を浮かべながら寒風吹きすさぶ中、練習をしていた時期もありました。その時に比べると今は本当に天国です。
しかし、選手達の能力と長崎南山中サッカー部の可能性は、まだまだこんなものではありません。再び、南山旋風を起こせるように、また一から頑張って行きたいと思いますので、今後共ご支援の程よろしくお願い致します。
2011年11月4日 コメントする
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中学3年生『鶴南特別支援学校との交流学習の感想文』 平成23年10月
長崎南山中学校
南山中学3年生42名は平成23年10月25日(火)、鶴南特別支援学校を訪問し交流しました。
松本 善矢〔3年2組〕
今回の鶴南特別支援学校交流学習を通して感じたことは、障害があるからといってコミュニケーションが取れないことはないということです。自分は最初、障害者はコミュニケーションが取りづらく、とても接しづらいものだと思っていました。でも実際に交流してみると、相手の方から積極的に質問してくれたり、『遊ぼう』と言ってくれたり、とても接しやすかったです。僕の相手は女の子で、ほとんどは自分がエスコートしないといけないのに逆にエスコートされる気持ちにもなりました。そして一所懸命接してくれるので、その気持ちに応えたいという気持ちになり、少しでもお互いが笑顔になれるように自分も一所懸命努力しました。お互いの努力があってこそ、今回の交流を成功させることができたと思います。そして、何より障害者の方の素直で真っ直ぐな心が素晴らしいと思いました。自分は生活の中で、反抗したり、うそをついたりしてしまうことがあります。でも、障害者の方は言われたことをちゃんと守り、うそいつわりなく自分のことを話してくれたりします。その素直な心をとてもうらやましく感じ、自分なんかより何十倍もの努力をしていることを感じました。今回の交流は次回の交流につながるとてもいい交流になったと思います。次回の交流では、もっと相手のことを知り、心の素直さを知り、見習いたいと思います。そして障害者の方を差別する人々に障害者の努力、心の温かさを知ってもらいたいと思います。
黒川 要〔3年1組〕
今回、初めて鶴南特別支援学校の生徒との交流を経験しました。始めは人見知りの自分が相手と上手く接することができるのか、とても不安でした。しかし、鶴南特別支援学校の生徒や先生たちは僕たちを温かく迎えてくださり、とても過ごしやすい一日となりました。今回の交流を通して、僕は学ぶことがいくつかありました。まず、障害には色々なものがあるということです。鶴南特別支援学校の生徒の中には普通の子と変わらないような子もいて、この子は何の障害を抱えているのかなと思いました。逆に自分の力では立てなかったり、周りの人と接することが出来ないような重い障害を抱えている人もいました。僕はこのような人を見て、正直、どんな思いで生活していて、この人達は僕たちのことをどう思っているのだろうと思いました。僕はこの人達に何をしなければならないのかを、次回の交流までにしっかり考えたいと思います。次に学んだことは、このような障害を持っている人々と接するときは、無理に優しくするのではなく、普通に接することが大切だということです。鶴南の先生は生徒たちと普通に接していて、生徒たちもそんな先生たちに心を開いていました。僕も障害のある人達に対して普通に接したいと思います。他に学んだことは、障害者の人達はとても素直であるということです。相手に思うことを真っ直ぐに伝え、それと同時に相手の思いも表情などから感じることができると気付いたからです。それは、とても大切なことで僕たちにも大切なことだと思います。南山の生徒たちも、もっと素直さを持つことが大切だと思いました。今回の交流で、2回目の交流が楽しみになりました。
中村 浩二〔3年2組〕
鶴南特別支援学校交流学習をして最初はやはりどのように接して行けばよいのか、分からない所もあったけど、ペアの人といろいろな会話をしていくうちに、心を開いてくれて、どんどん接しやすくなっていきました。そこで感じたのが、相手と自分、どちらも心を開き会話をすることがとても素晴らしく、そして気持ちのよい事だということです。これまで自分はみんなに心を開き会話をするということは余りありませんでしたが、この交流学習という場で自分から心を開き、相手と話すことでお互いにただの会話をするだけでなしに、相手の気持ちまで自分に伝わってくるような、そんな気持ちになれて、とても良い経験が出来ました。最初は、やはり自信がありませんでした。本当に楽しく会話ができるのだろうかという不安がありましたが、一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり、勉強したりなどしていくうちに、今まで僕が持っていた特別支援学校に通っている人達へのイメージがどんどん変わっていきました。本当は、とても明るく素直でみんな優しかったです。会話をする時もすごく笑顔で明るく色々なことを話してくれます。それに教室を移動する時もとても親切に教えてくれました。このような行動を見ていて、自分達よりも今という時間を大切に、そして力強く生きているんだと思いました。自分はあまり前の出来事に感謝するということがありません。その当たり前の出来事は当たり前でなく、奇跡だと自分はこの学習を通して思ったので、これからは感謝という言葉を忘れずに生きて行きたいです。
池田 裕輝〔3年1組〕
私は先日、鶴南特別支援学校に行きました。私はそこで障害者との接し方、自分の考えの甘さ、また人間としての甘さを知りました。私とペアになった鶴南の生徒は自分の名前もきちんと言えず、弁当も半分は先生に食べさせてもらい、しかも口に入れたものをかんで飲み込むことも少しずつしかできず、食事中には服によだれや口からこぼれた食べ物がついていました。はたから見れば汚く、人の目にはあまり好ましくうつらないでしょう。私も最初はそうでした。しかし、一緒にレクレーションをしたり、弁当を食べたり、昼休みに遊んだりしているうちに、鶴南の生徒一人ひとりの内部に何か光り輝くものが見えました。交流をしている間は分かりませんでしたが、夜、布団の上に横になった時、その光が何なのか、自分なりに答えが出ました。それは生命の光、生きたいと思う気持ちです。谷﨑先生が障害者は短命だと言っていましたが、私と比べれば生きる年月というのは短いでしょう。しかし、生命の光の輝きは私の二倍にとどまらず、三倍、四倍になっていました。私はその時、「あの人達は確かに障害をもっているが、内には私以上の熱いものを持っているんだ」と思いました。障害を持っている人々は自分の持つ障害と付き合いつつ、限られた状況下でどのようにするのか、どのように生きるのか、それを一生懸命考え、一生懸命考えたことを行うからこそ、そこに生命の光があるのだと思いました。
こんな話があります。天国のある所に神様がいました。神様はその時、赤ん坊をそれぞれの家庭に仕分けている所でした。赤ん坊は神様に『あなたはあの家庭の子として生まれなさい』と言われると、行かないといけないのですが、赤ん坊は行く前に宝箱がたくさん置いてある所へ連れて行かれます。宝箱の中にはいろんなものが詰まっています。音楽の才能、スポーツの才能、人としての優しさなどがあり、他にも精神障害・知的障害が詰まった箱もありました。普通は才能や人格の方を取っていくのですが、ある女の子がこう言いました。『神様、私はあの障害が入っている箱をもらいます』『本当にそれでいいのかい』「はい、そのおかげで、他の人達が障害を抱えなくて済むのなら…』
宝とは個性です。私はこの話を聞いて「障害も一つの個性なんだな」と思いました。障害者は自分の障害を理解し、それを受け入れ、個性を出しつつ、毎日一生懸命生きているのです。私が見た光はそういうものも含まれていたのではないかと思いました。能力的には私達の方が勝っているかも知れません。しかし、私がこう思うのは本当に正しいことなのでしょうか。私は外見で障害者を判断していたのだと思います。11月13日(日)に「鶴南まつり」があります。私もそれに行くことになると思いますが、その時は障害者の内側を観察して、自分にはない美しさや輝きを一つでも多く見つけて、出来れば自分のものにしていきたいです。
平石 康太朗〔3年1組〕
僕は今日の鶴南交流で初めて障害者とふれ合いました。僕は今まで障害者とできるだけ距離をとっていましたが、今日の交流で障害者はすごいなぁと感じました。僕のパートナーは1年生のH美ちゃん、Aちゃん、K太君の3人でした。最初はお互い緊張していてあまりしゃべらなかったけれど、徐々に徐々に緊張がほぐれてきて、うちとけることができました。交流の昼休みにこの3人が『ブランコがしたい』と言ってきたのでブランコをしたのですが、ずっと飽きずに、特にA美ちゃんが僕が『交代しよう』と言っても『イヤ、おじさん』と言ってブランコから手を放そうとしませんでした。サッカーはみんな結構上手くてビックリしました。僕の担当した3人はとても元気で面白かったです。次回の交流では今回以上に仲良く出来るように自分から積極的に声をかけていこうと思います。
今回の交流で感じたこと、そして個人の課題が見つかりました。感じたことは、障害者はとても元気で前向きなんだということです。交流を一緒にしてみてとても楽しかったです。個人の課題はいろんな人に積極的に話しかけることです。交流の中で何度も沈黙ができてしまって鶴南の先生に助けてもらうことがありました。だから次からは助けてもらわなくても、その場その場の雰囲気を作れるように努力したいと思います。
2011年10月29日 コメントする
本日予定していました第3回の練習会は、悪天候の為に中止します。参加の予定をたてられていた方は大変申し訳ございません。11月6日(日)に最後の練習会を予定していますので、そちらの方へどうぞよろしくお願い致します。
2011年10月24日 コメントする
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先日は大変遅くまで多数のみなさんに参加頂き本当にありがとうございました。保護者の皆様方もお足元が悪い中、また、寒い中遅くまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。多少時間がオーバーして大変申し訳ございませんでした。
10月29日(土)に15:00~17:30の日程で第3回目の練習会を、11月6日(日)に13:00~15:30の日程で最終の練習会を計画致しております。もし、都合がつきましたら今度もどうぞよろしくお願い致します。
長崎南山中学校サッカー部一同
2011年10月7日 コメントする
長崎南山中学校サッカー部では、今年もあと3回の練習会を計画しています。
第1回の練習会には20名近くの選手が参加してくれました。大変暑い中ありがとうございました。
皆さんも一緒に練習をしたり、試合をしたりして昨年度全国3位に輝いた長崎南山中学校のサッカーを体験してみませんか。待ってます!!
2011年8月1日 コメントする
中学1年1組 藤田 禄
ぼくは田植えをしてみて、イメージよりもとても疲れました。田んぼの自分の足跡を手で土をかぶせたりして消さないと、苗を植えることが出来ないと初めて知りました。苗を植えるときには、浅く植えたら根が伸びず、また、深く植えすぎると呼吸が出来ずに窒息してしまうので、そこの加減が難しいと思いました。農業で生活している人は、田植えだけでも大変なのに、他に八十七の作業をして、しかも食べる人の安全を考えながら、毎年しなければならないので、すごく大変なんだなあということを実感しました。田んぼでおたまじゃくしは田んぼのどこにでもいることが分かったけど、カエルは田んぼの隅っこあたりにしかいないと言うことがわかりました。田地さんの説明も分かりやすく、とても作業がしやすかつたです。次の稲刈りもがんばりたいと思いました。
田植えが終わった後の川遊びでは、川エビを発見しましたが、すぐに逃げられました。川で遊びながら服についた泥をおとしたりしました。はしゃぎすぎて眼鏡を失う人がいました。お風呂では、体についた汗や泥をおとして、浴そうに入りました。気持ちよくて楽しかったです。
中学1年1組 平石 剛基礎
今日、田植え体験をさせてもらいに行くため大瀬戸の方まで行きました。山をずっと登っていって着いたら、もう田舎でした。着いたら、もう田地さんが準備をしていました。田地さんの話を聞いて、苗を3~5本とって、ちょうど良い深さにいれると言われました。そして実際に入ってみると、結構深さがあってひざ下ぐらいまでありました。苗を植えてみると、すぐ流れてしまってうまく植えられなくて、どうしたらよいか困りました。雨が降っていたから水の割合の方が多くなっていてそこから土を持ってきてならさないといけないんだと教わりました。その後はペースを掴んで最後までやり遂げられましたる発見したことは、おたまじゃくしで土が多いところは動きが悪く、水が多いところは元気がよかったです。行く前の気持ちとの変化は、関係している人への感謝です。田地さんは田植えも教えてくれて、後からまんじゅうとお菓子の差し入れもして下さってとてもありがたいなぁと思いました。他にも僕たちのために色々と準備してもらってありがたいと思いました。次の10月くらいにある収穫の作業も頑張りたいと思いました。
中学1年1組 田丸 拓海
田植えは初めてだったが、まず最初に感じたことが田んぼの中は動きにくいと言うことだ。バランスを崩しそうになったときも少しあって、大変だった。これは実際にしてみないと分からないだろうと思った。稲を植えると、後に下がって土をならさないといけないが、意外と水が多くてならすことが難しかった。うまくならせても水面ほどには近づけなかった。稲の持ち方もあり、その持ち方で植えるのだが、稲を取るときに根が取れてしまったことが合った。生き物についてはおたまじゃくしとカエルしかいなかったが、おたまじゃくしがとても多くてびっくりした。カエルとは比べものにならないくらい多かった。
これまで書いたことは、全ておどろいたりしたことだが、これらのことを当たり前のようにやっている田地さんや農家の人はすごいと思う。今度体験に行くまでに、稲の面倒を見てくださるので感謝して、次の体験に生きたい。
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2011年7月29日 コメントする
本当に熱い陽ざしの中、一般生をはじめ、諸先生方や保護者の皆様方、応援誠にありがとうございました。
目標であった県中“2連覇”は達成できませんでしたが、この悔しさを九州中総体で晴らし2年連続の全国大会出場を果たしたいと思いますので、また応援よろしくお願い致します。
2011年7月22日 コメントする
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1年1組 田丸拓海
まず分かったことが,長崎には深い歴史(特に江戸時代)があることだ。そして,原爆によって色々な建物が破壊されたことだ。
今ではビルなどが並んでいるが,かつての長崎駅の近くは,藩が持っていた領土や海ばかりあったことに驚いた。福済寺の裏のお墓に行くためには,やはり階段や坂が多かったが,1つすごいお墓があった。ある家のお墓は,親族全てのお墓が半円形にきれいに並んでいた。なぜきれいに並ばせたのかは分からないが,お金持ちであったのではないかと思う。また、墓地から見えた大きな像は、必ず目に入ると思う。福済寺に関しては、すごく大きなお寺だったことが分かった。中にある仏像も大きかった。
そして、長崎では「いろは丸事件」や「イカロス号事件」など様々な事件があり、この2つに関しては経緯を含め詳しく分かった。26聖人殉教に関しては、何度か小学校でも勉強したが、それ以上に学習を深めることができたと思う。
長崎歴史文化博物館で分かったことは、色々な人が長崎を訪れ勉強をしていたことだ。これは、当時、日本一の都会であったと同時に、上海の近くにあったからだ。訪れた人の中には、私たちもよく知っている坂本龍馬たちがいる。他にも、外国から人がたくさん来ていた事がわかった。
今回の「さるく体験」でわかった事のほとんどが、今後の歴史の授業で活かせそうだ。
1年1組 廣田大起
今日の「さるく体験」はとても暑い中で行われました。とても暑かったです。僕たちは1年生で1組ずつ2班に分け、4グループそれぞれ班別に行動しました。僕は、福済寺・本蓮寺・聖福寺など色々なところに行きました。こういうところをまわっていると、「龍馬がこんな所を歩いたのか」と思ったりもしました。長崎は、上り坂が多くとてもきつかったです。でも、昔の人は、「こういうところを上っていたんだな」と思いました。行った場所に色々な説明が書いてあったし、一緒に行動してくださった人が説明をしてくれたので、とても分かりやすかったです。聖福寺にいって少し休憩をもらいました。その時、みんなでお賽銭を入れてお参りしました。みんなどんなことをお願いしたのか、とても気になります。その後、長崎歴史文化博物館に行って、いろいろな道具を見たりして、とても勉強になりました。
僕が知らなかった事がたくさんあったこの「さるく体験」は、参加して本当によかったです。だから、教えてもらったことは家族や友達に話してあげたいです。今回の「さるく体験」は、とても勉強になりました。
1年2組 富田 蓮
僕は、このさるく体験が初のさるく体験で、少し不安な気持ちもあったけど、
実際体験してみると、まだ知らない長崎の歴史を学べたので、とても楽しくいい勉強になったと実感しました。
1番印象に残った事は本蓮寺についての事です。ガイドさんの詳しい説明を聞いてみたら、昔このお寺に勝海舟が泊っていたと聞きました。そのお寺が今も残っているのですごい深い歴史があったんだなと思いました。少し歩くのが大変な面もあったけど、色んな事が頭に入り、良い体験になったなぁと思います。
この体験にはガイドさんを初め、沢山の人が僕達の為に準備して下さった体験なので、それを分かった上で臨む事が出来たので良かったです。これからもいろんな行事があるので、その一つ一つの行事の中で、今回のさるく体験でとった行動を生かし、常に自分達の為に働いて下さる人達にも感謝して、楽しく行事に臨めるように努力して行きたいです。
1年2組 中田 雄次郞
僕が今回さるくをさせていただいて、一番ゾクッとしたのは、日本二十六聖人殉教地です。耳を切られた二十六人の信仰者が引きずられて大阪から長崎まで来て殺されたということを聞いて、何でこの人達は殺されなければいけなかったのだろうと疑問に思いました。しかも二十六人の内の二人は僕達と同じ年代の子供だと考えると、なんだか胸が詰まるような思いがしました。もし、僕がその時代に生きていて友達が突然いなくなって,しかも長崎でその友達が殺されたと聞いたら、やっぱり悲しむだろうし、殺した人を憎むと思います。豊臣秀吉もキリスト教を信仰した奴はこうなると言いたかったのでしょうが、憎しみからは憎しみしか生まれないということを忘れないで欲しかったなと思いました。次に長崎観音について思ったことは、正直に言うとでかいなぁと思いました。そして、その像の中で振り子がずっと永久に動いていると知って,どんな仕組みで動いているのかなぁと思いました。また、僕が見た感じでは上に天使の輪っかみたいのがついていたので,ちょっとキリスト教のルーツが入っているのかなぁとも思いました。最後に長崎観音が作られた理由として、永久の平和を意味していると言いましたが、長崎でも盗みやひったくりなど色々な事件や事故もあってるし、日本レベルで言えば強盗や時には殺人など、そして、世界レベルで言えば、殺人などは当たり前で、しかもひどい時にはテロや紛争など起こっています。平和が長崎だけでなく世界に広がればいいなと僕は思いました。そして、僕がさるく体験をさせていただいた事やさるくに一緒についてきてくれたガイドさんに本当に感謝したいと思います。これからももっと地元の人間として長崎の事をより詳しく、より深く考えて調べていきたいです。
2年2組 原田優希
実際に被爆された語り部の丸田さんの話を聞いて。丸田さんは,昭和20年8月9日の下校後自宅で被爆したそうです。「ドシーン」と音がして振り返ると同時に天井が落下して下敷きになって,身動きが取れずに「助けてー!」と何度も叫んだが誰も助けに来てくれなかったらしい。丸田さんはもがき苦しんだ後,自力で何とかその場を脱出して,親戚に会い「お母さんはどうした?」と聞かれ,「亡くなった」と言い,一緒に防空壕へ向かった。丸田さんはとても悲しく,悲痛な思いをしたのだろう。
今の自分には考えられない出来事だ。物にあふれ,戦争のない日本で生活できる私たちは,恵まれていると日々に感謝したいといけないとこの被爆体験を通して実感した。僕たちにできること,それはこの被爆地長崎に生まれた僕たちがこれから被爆者の方々の意志を受け継ぎ,核兵器廃絶を世界に訴えていくことです。
2年2組 福本大地
丸田さんは家に帰ったところで原爆が落ち,上半身は洋服を着ていなかったため背中の50カ所以上に窓ガラスの破片が刺さる大ケガをしたそうです。また,母親を亡くし,父親は数年前に病気でなししていたため一人になってしまった。同じ中学校の同級生350人中114人が亡くなってしまったそうです。原子爆弾の爆風は秒速150mぐらいだそうで。今でも原爆の影響で苦しんでいる人はたくさんいるそうです。丸田さんは「自分のように他人も愛する」,「人は一人では生きていけない」,「1日,1日を大事にする」と言っていました。木もその言葉をモットーに日々を大事にしていきたいです。
さるく博では暑い中,ボランティアガイドの方に色々教えてもらいました。今年は平和がテーマということで,長崎の街の原爆により被害を受けたところに行きました。その中でも僕が印象に残ったのは,永井隆さんです。永井さんは,原爆で苦しんでいる人の病気を治すための活動をしていたら自分も白血病にかかり,余命3ヶ月と宣告され,48歳という若さで亡くなったそうです。その永井さんが長崎にいるときに住んでいたのが如己堂というものすごく狭いところで,息子娘と3人で住んでいたそうです。
もう一つ被爆マリア像が心に残っています。原爆により黒くなったりしていて怖かったです。
このさるく博と被爆体験のお話を通じて,余り詳しくなかった原爆について詳しくなれました。これを僕たちより若い人たちに伝えていきたいです。
3年1組 成瀬武蔵
「行ってよかった」
今回のさるく博体験の感想だ。
最初は「何で行くと?」とみんなで思っていたさるく博だったが、帰ってくるとみんな楽しそうに龍馬のことなどを話していた。
「長崎に住んでいるのだから長崎市内を見て回らなくても・・・」という思いも見事に払拭された。
僕は『竜馬がゆく』を読んでいるので知っていることもあったが、まだまだ知らないこともあったのでいい経験となった。ガイドさんの話やところどころで見せるガイドさんの資料を見ながら、わかりやすく楽しい説明を聞くことができ、これからより一層『竜馬がゆく』を楽しみながら読めるなと思った。亀山社中記念館では竜馬のような格好をした人がいて、その方から話は聞けば聞くほど面白く、興味深いものだと感じた。
そしてさるく博体験では竜馬が通ったであろう道を通り何だかワクワクした。そういう体験ができて本当によかった。
ありがとうございました。
3年2組 池田豊和
7月8日金曜日にさるく博に行きました。坂本龍馬を最初に撮った人が上野彦馬さんだそうです。ただ,坂本龍馬を最初に撮っただけで,なぜこんなに有名になれるのか分かりません。それだったら芸能界も一緒じゃないのかなと思いました。
次は坂本龍馬の像についてでした。なんと長崎だけで7つもあるそうです。それに1つ1つ違うところもありました。そして,僕が風頭公園で見た坂本龍馬の像は世界を見ていると言っていました。さすが,「5年ですごいことをしただけのことはあるな。」と思いました。そして,坂本龍馬の象の足がはみ出ていました。スケールにこだわらないところが「かっこいいな。」と思いました。
次に,若宮稲荷神社ではキツネの象があり,1つ1つに色々な力があるそうです。そして,その神社はなんと石の上に神社が建ててありました。すごいことが起こるそうです。なんと50年後には世界遺産になるそうです。なので,65歳の時に生きているか分かりませんが,生きていることを願って,それを楽しみにしていたいです。
この体験を通して,坂本龍馬は5年ですごいことをしました。最初は普通の人だったそうです。僕も勉強を頑張ればできるかもと思ってきました。なので,授業から分かるようにして,受験に合格できるよう勉強していきたいです。
3年2組 中村浩二
実際にさるく博体験をして,長崎で生まれ長崎で育っているにもかかわらず,長崎の歴史はほんの少しだけしか知らないと言うことが分かりました。長崎の歴史といわれて,すぐに思いつくのは坂本龍馬ぐらいですが,長崎でどういったことをしたのかも分かりませんでした。ですが,さるくを体験して,坂本龍馬に対して思ったのは龍馬は日本にだけ目を向けていたのではなく,世界にも目を向け,とにかくどんな物にも興味を持ち,耳を傾け,色んなことを素直に聞き入れるすごく器の大きな人物なんだろうと思いました。それに比べて,自分は人に意見を素直に聞き入れることが苦手で,どうしても自分の意見を通そうとしています。
なので,これからは坂本龍馬という人物のように大きな器を持って素直に人の意見を聞き入れれるような人になりたいです。
亀山社中資料展示場では坂本龍馬を見に多くの有名人が訪れていることを知りました。しかも,その有名人はほとんどの人が人生で成功していました。必ずしも,坂本龍馬を勉強すれば人生が成功するとは思いません。
ですが,坂本龍馬という人物を勉強することによって,人生がよい方向に向かっていくのではないかと思います。
十人十色・・・つまり,人それぞれ良いところがあり,それと同時に悪いところもある。坂本龍馬のように人の意見をしっかりと聞けてその意見を自分の中で活かしていける人がこの地球にたくさんいれば,世界ももっと豊になって行くのではないかと,さるく博を通して思いました。
2011年7月14日 コメントする
猛暑の中,多数のご参加誠にありがとうございました。大変暑い中で参加された生徒や観戦された保護者の皆様も本当に大変だったことでしょう。お疲れ様でした。
最後の感想では「きつかったけど充実して楽しかった」という言葉が多数聞かれました。
今後も個人での練習参加を募集致しますので,お気軽にお問い合わせ下さい。今後共,どうぞよろしくお願い致します。
長崎南山中学校サッカー部
監督 浅田 英彦
TEL090-8298-5276
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